Long voice and inside resonance
Written in Japanese
新しい音階を求めて
~遠く、そして、体の内側まで共鳴する民謡~
人類の宝、民謡
日本には、まだ認定されていない世界遺産級の人類の宝がある。それは秋田県田沢湖の近く、1台のパソコンの中に収められている。この宝がここに収まるまでにどれだけの人と、どれだけの時間がかかったか、秘められた物語がある。
物語の始まりは1979年、文化庁発令の「民謡緊急調査」だ。全国の都道府県教育委員会に各地の口伝の民謡を録音するよう指示が出た。この活動は10年に渡って続き、5万曲がオープンリールテープに録音された。原音源は都道府県の教育委員会に保管され、複製版を文化庁が持っている。録音の後、聞き取り、書き起こし、分類が行われ、歌詞等は文献として編纂されていた。文献は2007年にようやく国立歴史民俗博物館で公開されることになった(全国民謡データベース)。
なぜ、ここまで膨大な調査が必要だったのだろうか。民謡の多くは、一般的な音楽の譜面には書き起こすことが難しい。独特な音階をもっているからだ。そして、当時、口伝の民謡を歌える人はごく限られる状況になっていた。もちろん、有名な民謡は民謡会や民謡コンクールで盛んに演奏されていた。しかし、それは全国合わせても100曲程度。5万曲に及ぶ日本の民謡は絶滅に瀕していたのだ。
録音と整理がされたものの、音源と文献の存在を知っている人は極めて少なかった。都道府県の教育委員会に保存される原音源や文化庁の複製版はほとんど誰の耳にもとどくことなく保管されていた。これは第二の危機と言ってもよいだろう。
その時、この眠れる宝の価値に気が付いた人たちがいた。彼らは、研究利用を目的として原音源の複製許諾を得、カセットテープに複製して回った。1990年代のことだ。すでにオープンリールも使われることはなく、カセットテープもまれになっていた時代だった。いったんカセットテープに録音しなおされた音源は、続いて、デジタル化された。この時点までは、テープごとに1つのまとまった音源であった。デジタル化に合わせて、タイムスタンプをつけて、曲ごとの頭出しができるようにされた。デジタル化にも時代の波が押し寄せる。コーデックという録音規格が変わっていってしまうのだ。デジタル音源は再度コーデックを最新のものに変換されている。今後、曲ごとにファイルを分ける作業が目指されている。
民謡は新しくて古い
さて、ここで、民謡とはなにかについて話そう。
秋田県にある「わらび座」の長瀬一男氏によると、民謡に定義はない。音楽は100年も経つと昔からあった曲と思われるようになり民謡とみなされるようになる。つまり、民謡は古い曲ばかりとは言えないということだ。比較的新しい曲も民謡ととらえられることが多いのだ。民謡にも家元や宗家のような形式を踏襲する仕組みも存在するが、ほとんどの場合、自由な伝承が行われる。そのため、10年もすると、かなり形態が変わっていくことが多いようだ。緊急民謡調査はその時点での写真のようなもので、民謡歴史絵巻の全容ではない。
もしひも解くことができるなら、民謡の出自には壮大な時空を存在していることだろう。 一方で、民謡の 出自には壮大な時空を感じる面もある。日本で言えば縄文時代にも節や発声をもつ表現があっただろう、木や石をたたく楽器相当のものもあったかもしれない。 弥生時代にもそれらが進化したものがあっただろう。 大和、平安時代にはさらに洗練されていただろう。
長瀬氏によると古い時代の民謡は、遠くまで正確に伝わる音階が使われていた可能性があるということだ。よく共鳴し、複数の音が合わさっても減衰しにくい音階だったという。民謡は、呼びかけや合図のために実用的に使われていた可能性があるのだ。動物や鳥の鳴き声に近かったのかもしれない。険しい峠を通る際には民謡を歌い続けることで、一種の生存確認の役割を果たしていたものもあったようだ。
民謡からは、音に織り込まれた地球のいとなみ、ヒトのいとなみが響きわたってこないだろうか。
民謡の多様化と衰退
戦国時代末期には国替えが頻繁になり、他の地域から文化が移り渡ってくることも多くなった。長瀬氏のいる秋田の場合、水戸から佐竹氏が移り住み、水戸の文化が移入してきた。当然、民謡の合流もあっただろう。江戸期には、全国の文化交流が盛んになり、秋田でも、毎日、上方や江戸の興行が行われていたという。つまり、この時点で、さまざまな地域の音楽が混ざり合い、多様な側面を持つ民謡に進化していたということだ。
さらに明治維新を経て、大正期になると、興行として、地方の民謡が浅草に出張興行することも増えたという。音楽の逆移入だ。 安来節や秋田おばこが人気となった。 西洋音楽の影響も大きく受けた。特にピアノに代表される平均律の浸透は大きく音楽を変えてしまった。これは日本に限ったことではなく、本家の欧州でも同じである。
第二大戦後、民謡ブームが起こり様々な影響を受けながらも文化としての力を保っていた民謡は、高度成長期を迎えて急速に伝承力を弱めた。農村、山村から若者が都市へ移住するなか口伝ができなくなっていったのだ。 その最後の救出が、民謡緊急調査に託されたのだ。
はずれた音
音階の話を少し。弦楽器にはもともとフレットはないものが多かった(フレットとは弦楽器の指版に置かれる音程を決める細いバー)。反対にフレットがある琵琶などは、フレットに弦を強く(深く)押さえつけることで音程を変化させながら演奏されていた。 平均律とは違う音が使われていたのだ。琵琶の音色は人によっては、陶酔、幻覚、人によっては、吐き気を催すほど体調に影響を与えることがある。平均律の音以上に体に迫ってくるのだ。
現代では、ロックンロールに代表される簡易な音楽が発明され、その演奏に適している、高さの低いフレットで音程を固定するギターやベースが隆盛している。高さの低いフレットの普及にはピアノを中心とした平均律の影響も大きかったかもしれない (現代の平均律に落ち着くまでの音楽の変遷にも興味深い歴史がある)。
人間の体には、もともと声の音程を固定する器官はない。むしろ、声楽家や歌手は音程を固定する訓練をする。民謡には音程にとらわれる必要はなく、空気の振動をいかに意図通りに伝えるかを求めて作られていたのだろう。
商業利用は可能か
話を民謡の音源に戻そう。
現在、デジタル化を2回経た民謡の音源は長瀬氏のもとにある。この原音源を含めてこれらの音源が知られていいない理由の一つに著作隣接権の制約がある。著者権は都道府県の教育委員会と文化庁が持っている。一方、演者一人ひとりに著作隣接権が生じている。長瀬氏らは秋田県内の著作隣接権者に許諾の依頼をして回った。 秋田県の場合、歌い手の名簿が残っていたのだ。 その成果は「CD-ROM 秋田の民謡(¥5,500)」として商用利用ができるものとして結実した。商用利用ができることは普及を図る上でとても重要なことだ。
1つの例として佐賀県では、教育委員会が独自に著作隣接権の解放を行い、一般利用が可能となっている(佐賀県立図書館データベースの佐賀の民謡で846曲を聞くことができる)。他、大分県、徳島県、京都府、大阪府、三重県などの教育委員会は独自にCD-ROM化や博物館等での公開を進めている。
忘れ去られてもおかしくない数十年前の調査が、脈々と生かされていることには感動を覚える。一方、 多くの地域では「民謡緊急調査」があったことが忘れられ、 原音源は再生されることなく劣化が進むことが想定される。 今後、著作隣接権の相続が進み、許諾を取ることは事実上不可能となっていく。この状況に文化庁や、JASRACなどの業界団体はどう対応していくのか興味深い。商業利用を含めて著作隣接権を特例として解放するのが望ましいのではないか。
民謡の価値
独自の研究を進めた長瀬氏によると、日本の民謡と、ケルト音楽、南米音楽との共通要素が散見されるという。そして、韓国の民謡との共通点も多いとのことだ。
日本の民謡には、笙や尺八などが使われ、不協な音をあえて織り込む手法が使われる。その不協な音は風や水、雷、梢や竹がすれる音など自然を模していることも多い。 笙や尺八は竹が素材として使われ、人間の呼吸が音の根源である。現代のものより自然に近い音楽だともいえるだろう。 自然を模すことは音楽の発祥であったかもしれないもので、世界的にも貴重な財産と思える。
昨今の研究では、平均律の440hzではない基音の共鳴性の高さや、健常細胞とがん細胞が発する周波数に違いがあることなどが発表されている。また、以前から、インドネシアの音楽であるガムランには高周波成分が多く陶酔促進効果があることや、森林にも高周波成分が多く、音の森林浴効果があるのではと言われている。音楽による認知症症状の改善の研究も多い。
音と、我々の関係はまだまだ未知なものが多い。長瀬氏は、世界中の民謡を集め解析することで、世界の人々がつながりあえる音楽を作れるのではと考えている。世界民謡万博を開けたら面白いだろう。
(文/柴田英寿 懐かし未来財団)
【参考文献】
日本民謡データベース:https://www.rekihaku.ac.jp/doc/gaiyou/miny.html
佐賀の民謡:https://www.sagalibdb.jp/minyo/
大分県の民謡: https://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I025462094-00
徳島県の民謡:https://www.shikoku-u.ac.jp/docs/press_300702minyou.pdf
わらび座:https://www.warabi.co.jp/
笙の音色:https://www.youtube.com/watch?v=ry-hr05kTFk
基音について:アレクサンダー・ラウターヴァッサー『ウォーター・サウンド・イメージ』
健常細胞とがん細胞が発する周波数:https://www.greenmedinfo.com/blog/harmony-becomes-cacophony-when-healthy-cells-become-cancerous
日本語概説:https://indeep.jp/cells-harmony-becomes-cacophony-when-in-cancer/
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